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ゲームではなく「遊び方」をデザインする。ニンテンドーミュージアム >

7月23日
読了時間: 3分

更新日:8月15日

— 入館した瞬間から「遊び」は始まる —


京都・宇治市にあるニンテンドーミュージアム。


ニンテンドーミュージアムの建物外観とロゴマーク

入館受付で受け取るのは、入館証と10枚分のデジタルコイン。


コインは一人10枚。


館内の体験型コンテンツには、それぞれ必要なコイン数が決められている。


つまり、すべてを体験することはできない。

「どれを選ぶか。」

「どれを諦めるか。」

展示を見る前から、来館者自身が"ゲーム"を始めている。


これはUXデザインとして非常に興味深い。


選択肢を制限することで、一つひとつの体験に価値が生まれる。


もし無制限だったなら、「全部やって終わり」で終わってしまうかもしれない。


限られた10コインだからこそ、「次はこれを体験したい」という余韻が残る。


ニンテンドーミュージアムの土管とハテナブロックのオブジェ

ニンテンドーミュージアムの屋外にある土管とレンガのお城

— 入館証は、ただのチケットではない —


入館証は、館内で何度も使う。


アトラクションの利用、体験履歴の記録など、一日を通して行動を支える存在になる。


一般的なチケットは入館すると役目を終える。


しかしニンテンドーミュージアムでは、入館証そのものが「遊びの道具」に変わる。


展示を見る前から、「触って使う」体験が始まっている。


ニンテンドーミュージアムのロゴと5色のキノピオ像

ニンテンドーミュージアムの壁一面に並ぶ歴代キャラクターのパネル

— 展示されているのは、ゲームではなく記憶 —


ゲーム&ウオッチ。


ファミリーコンピュータ。


ゲームボーイ。


Nintendo 64。


展示されている商品は、どれも知っているはずなのに、見ているのは商品ではない。

「あの頃」の自分である。


ゲームを買った日。

夢中で遊んだ休日。

友人と攻略法を話し合った時間。


製品は変わらない。


ニンテンドーミュージアムで展示を体験する来場者

ニンテンドーミュージアムに展示された歴代ゲームソフトのパッケージ
ニンテンドーミュージアム内で、巨大なスクリーンに映し出されたスーパーマリオのゲームを体験する来場者たち
ニンテンドーミュージアムの展示、歴代ゲーム画面のモニター壁

— デザインは「懐かしい」を設計できるのか —


デザインは、形や色を美しく整えることではない。


人の感情をどう動かすかを設計することである。


ここでは、展示の順番、照明、音、体験コーナー、そして10コインというルールまで、

一連の流れが「懐かしい」という感情を自然に引き出すよう設計されている。


展示を見終えたときに残るのは、


「また遊びたい。」「あの頃を思い出した。」


そんな感情である。


ニンテンドーミュージアムのハテナブロックとレンガの柱


— 食べることまで「遊び」になるデザイン —


館内を歩き回った後は、ハンバーガーレストラン「はてなバーガー」へ。


ニンテンドーミュージアム内にあるHATENA BURGERの外観

ニンテンドーミュージアムのカフェで提供される黒いバンズのハンバーガー

ここでもNintendoらしい発想が随所に散りばめられていた。


パティやバンズ、具材、ソースなどを自由に組み合わせ、自分だけのハンバーガーを作ることができる。


料理を注文するというより、一つのゲームを組み立てるような感覚に近い。


決められたメニューを選ぶのではなく、「自分で考えて作る」。


そのプロセスが、Nintendoが長年提案してきた「遊び」の考え方と重なって見えた。


ゲームではプレイヤーが選択し、その結果が体験になる。


ハンバーガーも同じように、選択した組み合わせが、自分だけの一つの体験になるようデザインされている。



— "遊び方"をデザインしてきた企業 —


Nintendoは、ただ単にゲーム機を売ってきた企業ではない。


そして、ここニンテンドーミュージアムも同じだった。


展示を見ることが目的ではなく、来館者自身が思い出を取り出し、

新たな体験を重ねるプロセスまでがデザインされている。


良いデザインとは、情報を伝えることではない。

人の感情を動かし、記憶に残る体験を設計すること。


ここでは、その考え方を最も体感できる場所だった。






















 
 
 

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